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Update : Feb.29.2000

衝突テストの再評価
AA評価のクルマは本当に優秀なのか?

 

- C O N T E N T S -

■ まえがき ■ 前面衝突試験とは… ■ 衝突テストの再評価 ■ おなじ評価でも大違い! ■
■ 評価ぶりへの評価 ■ あるテストとの比較 ■ 本当に優秀なのは? ■ あとがき ■


【評価ぶりへの評価】

 前項ではクルマの評価への再評価を行ったが、ここでは自動車事故対策センターの評価ぶりについて評価してみる。
 長くなるので結論の一部を先に書くと、HICと胸Gの計測以外はおざなりである。



 A や AA といった“アルファベット評価”は総合的な評価のように思われがちだが、HICと胸Gの2つの計測値によってのみ決められたものであり、その他の部位の乗員の傷害性や車輌の構造については全く考慮されていない事がわかる。


【あるテストとの比較】

 1997年6月26日発売のNAVI誌8月号に、ドイツのAMS(auto motor & sport)誌から転載されたVWシャランのオフセットクラッシュテストが載っていたので、これと比較してみた。


 日本の自動車事故対策センターが発表していた計測値は頭部損傷基準値(HIC)と胸部合成加速度,参考値として大腿部荷重の3つだけであったが、AMS誌の計測値で“日本側”に「ない物」を列挙すると、以下の通り。

 ▼ダミー
  頭部(合成)衝撃加速度
  頭部傾斜角度
  腰部衝撃(合成)加速度
  シートベルト張力
  エアバッグボリューム(※単位はリットル)
  エアバッグ作動時間

 ▼車輌データ
  衝突速度(※衝突時の実測値)
  ボディ変形量
  ステアリング移動量(水平・垂直)
  ダッシュボード移動量(水平・垂直)
  ペダル移動量(水平・垂直)
  レッグスペース縮小量
  A/Bピラー間距離変化
  ホイールベース変化
  カギ開錠力(衝突前と衝突後)
  ドア開力(※ >500[N] とだけ表記。運転席のみ)

 各種計測値は過去に計測したライバル2車(プジョー806とルノー・エスパス)と共に掲載され、単独評価の他にライバル車との比較にも用いられていた。 文章の方は、例えば「25cm狭まったレッグスペースの変形が気になったが、ダミーのセンサーの値より脚部や下肢は、さほど大きな損傷にはいたらないだろうと判定された」などと、車輌の変形や乗員の損傷の可能性についても触れられていた。 また、問題があったドアの開閉性についてはVW安全対策エンジニアからのコメントもあった。


 一方の日本のテストでもシートベルトに銀色の機械が取り付けられているところを見るとシートベルト張力は計っているのだろうし、その他の事項についても実は計っているのかもしれないが、その計測値も載っていなければそれを用いた評価の文章もない。 例えば日本のテストではペダルの移動量は「比較的大きかった」と曖昧な表現で書かれているが、これでは計測しているかどうかは定かではないし、どのような基準で比較しているのか想像もつかない。

 


【本当に優秀なのは?】

 ここまで読んでくれた方は、自動車事故対策センターによるアルファベット評価などがアテにならない事がおわかりいただけたと思う。
 それならば、今回の前面衝突試験において本当に優秀なのはどのようなクルマなのだろうか? 考え方を整理するため、まず2つの項目について書く。

  1. 生存空間の確保
     衝突するとクルマは潰れる。 エンジンルームが潰れ、キャビン(客室)も潰れる。 中の人間も潰れる。 せり出した部分に脚や手が強く当たって打撲したり骨折したり切り傷を負ったり、挟まれて潰されたりする。 そうならないようにするために、(エンジンルームは衝撃を吸収するためにつぶすが)客室は残す。 堅牢なキャビンによる生存空間の確保。 40年以上も前にベンツが始めた当然の基本ではあるが、今日の我々は衝突形態によって生じる違いについても考慮したい。 フルラップ正面衝突でさえキャビンの変形が目立つクルマは、オフセット衝突で持ちこたえるのは、おそらく難しいと思われる。
     一方で、中の人間が無事ならキャビンなどグシャグシャでも構わない、という考え方もできる。 例えば『衝撃で折れ曲がった何かが鼻先1cmにまで迫っていようとも、当たらなければ安全だ』とも言える。 しかしながら、実際の事故ではどのような衝突をするかなど完全に予想できない事を考えると、キャビンを大きく潰しながらも「寸止め」でおさえるような設計は至難の業であろう。 やはり、堅牢なキャビンによる生存空間の確保が大切である、と私は考える。
     
  2. 衝撃の緩和と代償
     衝突するとクルマは急減速する。 急ブレーキとは比べ物にならないぐらいの急減速である(※通常の急ブレーキでは最大0.8G〜1Gぐらいだが、衝突時には、その数十倍に達する)。 ブレーキを強くかけた時と弱くかけた時とを比べると、弱いブレーキの方が乗員へのダメージが小さい代わりに停止距離が長くなる。 同様にして、衝突時の衝撃を小さくするには潰れる距離を長くすればよい。 だからといって、潰れる距離を稼ぐために、潰れるべきではないキャビンまでもが潰れているようでは本末転倒である。
     例えば人体への衝撃に関しては HIC=1000,胸G=60 という傷害基準値があり、これを超えなければ重大な傷害を受ける危険性は低い。 ここで2つの考え方ができる。 ひとつは『傷害基準値を超えない範囲を狙ってキャビンを堅牢なものにする、言い換えれば生存空間を確保する代わりに人体には傷害基準値の一歩手前あたりで我慢してもらう』というもの。 もう一つは『HICや胸Gの値を下げる事を優先してキャビンなどの強度はほどほどにする、すなわち頭と胸という重要部分を優先し、他の部位にはあまりこだわらない』というもの。
     もちろん衝撃は少ない方がいいが、その代償として別の負傷に及ぶようでは好ましくない。 前者と後者とでは、傷害基準値を超えないのであれば前者の方が良い、と私は考える。

 今回のテストで傷害基準値(HIC=1000,胸G=60)に収まっているクルマには A評価 が与えられている。 さらに、HIC<500 または 胸G<45 のどちらか片方を満たしているクルマには AA評価 が与えられているが、「AはAAよりも劣るクルマだ」と短絡的に決めつけてしまう前に、4台のクルマをサンプルとしてキャビンの変形状態などについて簡単に比較してみる。


― 側面より見た、フロントドア付近の図 ―

 コロナ(・プレミオ)は、外観上はキャビンの変形が最も少ない。 セフィーロは外観の変化は少ないが、ダッシュボードの進入や足元フロアの変形が目立つ。 レガシィはドア前端部が後傾してドアが開きかけると共に、Aピラーの後退によりルーフに若干の変形が認められる。 CR−Vは足元フロアの変形と後退した前ドアに加えて、フロアがV字型に曲がったのかBピラーが前傾しているように見えるばかりか、Aピラーの角度変化やルーフの大きな変形が認められる。

 これらの理由により今回の前面衝突試験で最も優秀なクルマは、傷害基準値におさまっていて、かつキャビンや足元フロアの変形が最も少なかったコロナ・プレミオである、と私は考える(※ただし、助手席に起こったアクシデントが他の個体では起きない事を前提とする)
 単なる A評価 に過ぎずハッタリのように思われている「GOA」のコロナ・プレミオであるが、おざなりに付けられたアルファベットに惑わされて本当の姿を見忘れてしまわないよう気をつけなくてはならない。 蛇足ではあるが、AA という評価を設けるとしたら、評価の目的が「乗員保護の性能」であることを念頭に置き、少なくともコロナ・プレミオと同等の堅牢なキャビンを備えている事を前提とすべきである。

 


【あとがき】

 97年3月末の自動車雑誌で「前面衝突安全性能試験」を見てから4ヶ月が経った。 仕事が急速に忙しくなったおかげで、この怪文書の完成は当初の予想より6週間も遅くなってしまった。 私がもたもたしている間に「前面衝突安全性能試験」の内容について(単なる転載ではなく)新たに取り上げる自動車雑誌が出てくるかと思ってヒヤヒヤしたが、そのようなことはなかったようだ。 これは私を安心させると共に、少々落胆もさせた。

 テストされたクルマの中には看過しがたい危険性も見られた。 それが充分に指摘されなかったばかりか、転載記事の体裁によっては優秀であるような印象を与えてしまっていたが、それを見て優秀だと思って買ったユーザーは一体どうなるのだろう?
 おざなりな「前面衝突安全性能試験」の方も問題だが、それを指摘してくれなかった自動車ジャーナリズムにも問題がある。 自動車ジャーナリズムが指摘してくれなければ、我々ユーザーのクルマ選びの指標を誰が示してくれるというのだろう? メーカーが衝突安全性を喧伝する昨今であるだけに、それに対応する充実した内容の記事が速やかに書けるよう、一般ユーザーの立場として自動車ジャーナリズムに期待したい。

 また、自動車事故対策センターには、主目的の一つである『(一般の人々の)より安全な自動車の選択』のための真に有益な情報となるよう、より緻密な評価と的確な表現を行ってくれる事を希望します。

 ・・・最後になりましたが、この怪文書が皆様のクルマ選びの何らかのお役にたてば幸いです。

 

 

TOP PAGEUP  1ページ目  Update : Nov.04.1997 (First Release : Jul.27.1997)