『ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)とは、ブレーキをかけたときにタイヤのロックを防いで操舵性や車両安定性を確保する装置である。』などとカタログに書かれているが、実際にタイヤがロックするとどうなるかを体験した人は少ないと思うので、まずは手軽な体験方法を紹介する。
自転車を用意する。 乗らずにハンドルを持ち、そして後ろ向き(※)に動かしながらハンドルを切ってみる。 前輪の向きが変わると自転車の向きも変わる。
次に、前輪のブレーキをしっかりと握りながら後ろに動かしてみる。 前輪がロックしている(回転せずに引きずられている)のを確認したら、ロックさせたまま後ろに動かしながらハンドルを切ってみる。 今度は前輪の向きが変わっても自転車の向きは変わらない。 自動車も、タイヤをロックさせた時に同じ事が起きる。 すなわち、ハンドルを切ってもクルマの向きは変わらない。
※ 本来は前向きに動かすべきだが、前ブレーキをかけた場合に後輪が浮き上がってしまうので、やむなく後ろに動かす。
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ABSは、タイヤの回転を検出するセンサーによりタイヤの回転が止まりそうなのを感知すると、ブレーキを緩める。 ブレーキを緩めたおかげでタイヤの回転が元に戻りそうなのを感知すると、ブレーキを緩めるのをやめて、戻す。 これを1秒間に10回以上のサイクルで繰り返すためABSの作動中にはブレーキペダルに「ガコガコ」とか「ゴリゴリ」といった震動が伝わるが、この震動に驚いてブレーキペダルを緩めてはいけない。
もう一つ。 ABSの作動中はブレーキペダルが重くなったり踏み込みにくくなる。 雪道のように極端に滑りやすい路面では、ごく軽くブレーキペダルを踏んだだけでもABSが作動してペダルが重くなるので驚きもひとしおだが、故障したわけではないので、その点の心配は要らない。
ABSがやっているのは「ブレーキを緩める/緩めるのをやめる」事であり、ブレーキを増やすことまではしない。 すなわちABSの作動中であってもなくても、最大のブレーキ力はその時にドライバーが踏んでいるブレーキペダルの強さを超える事はない。 ゆえにABSが作動してペダルがガコガコと震動しはじめたからといって、そこから踏む力を増やさなければ、ゆるいブレーキしかかからずに、停止距離が長くなってしまう事もありえる。 また、クルマによってはABSが早めに動作しはじめるものもあるが、それは様子を探っているようなもので、かまわずにブレーキペダルを踏み加えればよい。 とにかく、危ない時は何も考えずに力の限りブレーキペダルを踏めばよい。
大抵の市販車のABSは、制動距離の短縮よりも緊急回避時のハンドル操作性の確保を目的としている。 これは、衝突しそうになってブレーキをかけたままハンドルを切った場合に「止まる力」と「曲がる力」の和がタイヤのグリップ力をオーバーしてしまう状況になった場合にはハンドルの方を優先させるべくブレーキの方をゆるめる、という意味である(※この状況になったときにABSがなければハンドルを切っても直進状態に陥ってしまい、回避の可能性が低くなる)。
ハンドルの方を優先するという事は、ドライバーが電柱に向かってハンドルを切れば電柱に向かって走っていくという事に他ならない。 それは、電卓のキーを押し間違えた時に電卓はその計算を忠実に行ってくれるのと似ている。 世の中には『ABSが付いていれば事故が起こるはずがない』などという考えを持っている人もいるらしいが、それは『電卓を使っていれば計算を間違うはずがない』という考えと同じぐらいの誤りである。
緊急回避時はあわててハンドルを切りすぎてしまう事がある。 例えば、通常ならハンドルを30°切るだけで済むところを一気に60°や90°も切ってしまう。 するとクルマの向きが変わりすぎてしまうので元に戻そうとするのだが、今度は逆方向に60°切るだけで済むところをあわてて90°や120°も切ってしまう。 いわゆる「タコ踊り」というやつだが、これに関してはABSがあってもどうにもならない。 緊急回避時は落ち着いて必要なだけハンドルを操作するよう気を付けなければならない(と書いてみたところで即できるというものではないが・・・)。
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ABSの標準化に伴い、1997年頃からBA(ブレーキアシスト)という装置も一般化してきた。
困った事に、ほとんどのドライバーは(危機的な状況であっても)最大限のブレーキ力を発揮させるほどブレーキペダルを踏めないらしい。 最大のブレーキに要するペダル踏力は(CG誌のテスト記事を幾つか見たところでは)15〜20kg程度あればよく、小柄な女性でも片足で立てる脚力があれば充分だろう。 ゆえに「踏めない」と書いたのはじつは不適切で、本当は「踏まない」と書くべきなのである。
ブレーキペダルには通常のブレーキ時でもアシストがかかっているのだが、ブレーキペダルが踏み込まれる速度などからパニックブレーキであると判断した場合にブレーキのアシスト量を最大限にして「踏まない」ドライバーでも「踏ませる」装置、それがBAである。 いきなり最強レベルのブレーキがかかるので、ABSの装備が前提となる。 また、ペダルの速度などから作動の条件を判断するタイプのものは、スポーツドライビングでの強いブレーキではBAが作動してしまう事はないらしい。
なお、ベンツとトヨタのものは条件判断をしているが、日産の場合はペダルの踏み込み量があるレベルを超えるとアシスト量が急増する「非線型アシスト」を採用している。 安上がりなのがメリットだが、スポーツドライブに挑むには邪魔かもしれない。
それにしても、容易に踏めるはずのブレーキが踏めない人が大勢いるのはなぜなんだろう? みんなどこかで『アブナイので急ブレーキは絶対にかけてはイケナイ』と洗脳されているのだろうか?
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